自分たちを起点にしながら、さまざまなアイデアのタネづくりを目指し活動をつづける未来創造研究所。社会や暮らしが大きく変化していく、その先にある新しい関係性を多角的に探るべく、シリーズイベント『人と空間のちょっと未来』を開催しています。
3回目となる今回は、『錯覚や触覚から認知のふしぎをひもとく-「感じ方のデザイン」が紡ぐコミュニケーションのかたち』がテーマ。
イベントは、モデレーターを務める未来創造研究所「インクールージョン&アートデザインラボ 」リーダーの松本麻里による本企画に込めた想いの紹介から始まりました。
「私たちは乃村工藝社の『空間創造によって人々に「歓びと感動」を届ける』というミッションの下、さまざまな取り組みを推進しています。未来創造研究所のなかでも、私は、アクセシビリティをテーマに、アートを介したプログラムや活動を通じた共生社会づくりを目指すインクールージョン&アートデザインラボで活動しています。
その一つの例が、外出や体験を何らかの理由で諦めてしまっている方に向けて、空間づくりを通じて解決を提供するプロジェクトです。
すべての人が参加できる外出やおでかけのための空間づくり「空間と体験のアクセス フォー オール」をミッションに、3つのアクセシビリティ解決=物理的(環境の強い刺激や人混み等)・心理的(赤ちゃん連れや障害のある方のご家族等)・交流(多様な人々や価値観と出会う)を掲げ、様々な取り組みを進めています。」

その取り組みをきっかけに、今回のイベント・テーマと2名の登壇者が決定しました。
一人は「パレイドリア(そこに存在しないものが見えてくる心理現象)」の研究者である立命館大学教授の高橋康介さん。
そしてもう一方が、コミュニケーションを豊かにするロボットやフィジェット・トイ(ストレス解消や集中力向上を目的としたおもちゃ)を開発・製造するユカイ工学株式会社COOの鈴木裕一郎さん。
そのお二人をゲストに迎え、認知や触覚をテーマに「人と空間のちょっと未来」を考察します。
ふしぎや錯覚は楽しいもの。
「楽しいは役立つ!」が合い言葉

最初のプレゼンテーターは、立命館大学総合心理学部教授の高橋康介さん。『知覚心理学者が語る ちょっと自由で ちょっと不自由な 知覚近くと認識の話』と題した、体感・体験も取り入れた興味深いお話が展開されました。
「私は心理学の中でも特に、モノがどう見えるかということを研究しています。早速ですがこれは何に見えますか?」
さまざまな絵や図形がモニターに映し出されていきます。波線と折れ線、円と渦巻きといった形状の見え方、明と暗、濃と淡、色彩といった色の見え方、また止まっているのに顔を動かすと絵が動いて見えたり、絵の中に顔や図形が浮かび上がって見えたり、さらには「音にも似たような錯覚がある」と、雑音のようなサウンドを流した後に言葉を聞かせると、先に聞いた雑音の奥にその声を聞き取ることができる…といった、参加者は錯視・錯覚を体感することとなりました。
「同じモノを見ているのに、一人ひとり捉え方が異なります。認識は自由であり、これが正解というものはある意味で無いのですね。つまり、認識というものはちょっと自由で、ちょっと不自由なんです」
.jpg)
その後は、高橋さんがアフリカ・タンザニアで実施した調査結果について説明。
「笑っている印象の『スマイルマーク』があります。日本人なら多くの人が“笑顔”に感じるイラストですが、タンザニアのとある村で調査すると、半分ほどの方が笑っていないと感じたという結果を得ました。スマイルマークといえども、誰にとっても笑っている訳ではないという驚きの結果でした。モノの見方や感じ方は、本当に多様なんですね」
最後に高橋さんは、『知覚心理学×まちづくりプロジェクト』の立ち上げについて紹介しました。
「子どもたちと唇の絵を持って、壁や家具など身のまわりにあるものに当てて顔をつくるなど、パレイドリアを取り入れて街中で遊ぶ取り組みを実施しています。そうした行為を通じて、いつもの風景がまた違って見えたり感じられたりするんです。
私の目標は、ふしぎや錯覚などを通じて、ふだんの生活をもっと楽しく、遊び場のようにしていくこと。たまに『それって世の中に役立つの?』と言われますが、いつもこう言い返しています。『楽しいは役立つ!』と。この合い言葉を広げていきたいと思っています」
ステージ横には 、高橋先生が持参した様々なアイテムによる「ふしぎな 錯覚 体験ラボ Mini @乃村工藝社 未来創造研究所」が設置され、たくさんの参加者がふしぎな体験を楽しみました。

直感的に・感覚的に
自分が欲しいものを考え、生みだす

つづいては、ユカイ工学でCOOを務める高橋裕一郎さんのお話へ。スタートは自己紹介から。
「私はエンジニア出身です。ユカイ工学入社前から、家族をつなぐコミュニケーション・ロボット『BOCCO(ボッコ)』を愛用していました。当時は忙しく過ごしていましたが、離れていても本当に子どもとのコミュニケーションを円滑に図ることができたんです。それでこんな素敵なプロダクトを生みだすユカイ工学で仕事がしたいと思い、入社した経緯があります。
『ロボティクスで、世界をユカイに。』という理念にとても共感していて、私自身が今もユカイ工学製品のヘビーユーザーなんです(笑)」
知覚やコミュニケーションを軸に、ユカイ工学のユニークな製品やそれが誕生したプロセスなどが紹介されました。
「心を癒す、しっぽクッション『Qoobo(クーボ)』は、クッション型のロボットですが、撫でるとしっぽをいろんな風に振って癒してくれます。
これは女性デザイナーのアイデアから生まれました。自分を癒すアイテムを考えた時に、実家暮らしだった頃にストレスが少なかったのは身近にペットがいたからだと思い当たりました。そして都会でもペットの癒しを感じられるプロダクトを開発しました」
人気製品『甘噛みハムハム』についても、その秘話を教えてくださいました。
「ぬいぐるみの口に指を入れると、やさしく甘噛みしてくれるだけのシンプルなプロダクトです。2人の子どもを育てる男性営業マンのアイデアで、赤ちゃんや幼いペットの短い期間にしか体験できない、幸せなしぐさを再現した甘噛みロボットを開発しました」

このようなアイデアが生まれるのは、ユカイ工学のある仕組みにひみつがあるようです。
「毎週一回、社内で『妄想会』というアイデア創出の場を開催しています。リサーチやマーケティングによるものではなく、あくまでも個人として本当に欲しいもの、あったらいいなというアイデアを発表し合います。直感的かつ個人的で良いのです。
ここで大切なのが、どんなアイデアも否定しないこと。皆で面白さや魅力を見つけて、育てていくんですね。
また年に一回『メイカソン(メイク+マラソン)』というアイデアを創出しプロトタイプを発表する合宿を開催しています。インプットとアウトプットを大切にしながら、このようにアイデアを思い切り出しあう機会を多くつくっていて、そこからユカイ工学ならではのアイテムが生まれています」
認知デザインにおける『心を動かし、人を動機付けすることのできるインターフェース』の重要性を紹介しながら、ユカイ工学のものづくりに関する独自のプロセスに、たくさんの参加者が興味を持ちました。
そして鈴木さんへ、「最近は冷蔵庫が話したりと、機能が追加されるプロダクトが多いのに対し、ユカイ工学は機能を削ぎ落としある役割だけに特化しているのはなぜ?」と高橋さんが質問。
鈴木さんは、「消極的なデザインという言葉がありますが、人は基本的に面倒くさがりであるという大前提があります。機能があることと使えることはイコールではありません。生活の中で、ある目的にシンプルに絞り込む思想で我々は考えているんですね」と回答し、高橋さんも納得の表情を見せました。
グループを組んで
参加者みんなで、感じたことを語り合う

お二人のプレゼンテーションが終了すると、近くに座る参加者同士でグループを組んで高橋さんと鈴木さんの話を聞いて思ったことや、本日の感想などについて話し合いました。
まずは自己紹介をすると、
「どんなアイデアも意味がないと終わらせないで、育てていくという考え方がいいと思った」
「当たり前のように見えているモノを、当たり前と想わないことが大切に感じた」
「妄想会に参加してみたい」
といった感想のほか、顔に見えた、宇宙人に見えたなど、実体験の紹介などの声が聞かれました。『甘噛みハムハム』に指を噛ませたり、『Qoobo』を撫でながら笑い合ったりと、盛り上がりをみせました。

参加者からの質問も数多く発せられました。
「錯視・錯覚と言っても意図して見えるモノと見えないモノがあるのはなぜ」という質問には、高橋さんは「脳の仕組みが原因となっている」とその原理を紹介。
鈴木さんへは「妄想会のフレームワークのようなものはあるのですか?」という質問が寄せられ、「一切無いです。フレームワークがないからこそ個人の想いや熱意に基づいたいろんな着眼点が生じて、多様な(時に突飛で偏愛的な)アイデアにつながります」と回答。
その他にもたくさんの質問がお二人に投げかけられました。
ラストは美味しい&楽しい交流会へ!
プレゼンテーションや質問会終了後は、参加者同士の交流タイムへ。
飲み物のほか、この日のテーマの「知覚・認知」をテーマにした、見た目や香りにこだわった旬の創作料理がふるまわれました。美味しい飲み物と料理を味わいながら、知覚や認識に関する会話も弾みました。



参加者の声
錯視・認知の世界の不思議が、もっと不思議になりました。
人による見え方の違いが、世界をみるとこんなにも違うんだということが、面白かったです。
いかに人間の認識が個人の感覚で作られているのか、納得し体感した。しっぽのロボットが最初不気味だったが触ったらなんか愛着がわいて、感覚が不可逆だなと感じた。
認知とは、大方みんな同じように感じていると思っていたが、無限にある複雑なものだと感じた。また、妄想から製品を作ったり、楽しいという事が役に立つ!などもっと自由にアイディアを出して良いのだと自信がもてた。
錯視によるコンテンツはどんな場所でもできて、いろんなコミュニケーションが取れる面白いものと感じました。ロボットプロダクトは、それをきっかけとしたコミュニケーションや、空気づくりができそうに感じました。
たのしかったです!たまたまクーボユーザーだったので開発秘話が聞けてうれしかったです。
ニッチなテーマで普段考えた事がなかったので、非常に勉強になりました。
.jpg)
次回の「人と空間のちょっと未来」もお楽しみに!