未来創造研究所/Future Insights Lab.のロゴ
乃村工藝社のロゴ

デジタルな治具という発想──AI時代の空間プロトタイピングと、ソフトウェアを育てることについて

最近、AIとの対話を通じてシステムやアプリケーションを構築し、その過程でデザインの試作や検証を行うような手法を用いながら、空間づくりにおいてどのようなプロトタイピングが可能かをめぐって、さまざまな実験を行っています。その試行錯誤のなかで、感じていることがあります。それは、空間づくりにおけるAIを用いたプロトタイピングは、巨大なアプリケーションや完成度の高いソフトウェアを一気につくる方向へ向かうのではなく、むしろもっと早く、小回りの利く「専用の道具」をたくさんつくる方向へ進んでいくのではないか、ということです。たとえるなら、それは万能な十徳ナイフを一本つくることではなく、用途ごとに研がれた小さな刃物を何本も持つような感覚に近いものです。ひとつひとつは小さいけれど、空間づくりの個別の状況に対するフィット感があり、小回りが利く道具。そんなイメージです。

これまでもツール開発やアプリ開発において、万能な道具を目指すあまり多機能化することは、むしろ否定的に語られることが多くありました。「なんでもできますよ」というスーパーツールは、一見便利である一方で、ユーザーにとっては選択肢が多すぎるがゆえに、逆に何もできなくなってしまうという問題が指摘されてきました。(それらを揶揄する存在として、100徳ナイフというものがあります。100徳ナイフについては、実際にプロダクトが存在しますので、ネット検索してもらうといろいろヒットすると思います。)

(画像生成AIに出力してもらった100徳ナイフのイメージ。確かに様々なことができそうですが、これを使いこなせる気力は湧きそうもありません。)

しかし、ものづくり、とりわけ空間づくりの現場という視点から考えると、少し違った風景が見えてきます。空間づくりにおいては、案件ごとに条件も、制約も、求められる体験も、その都度異なるということが多く存在します。つまり、空間づくりは基本的に一点ものであり、「同じものを繰り返しつくる」というよりも、「その場の条件に応答する」営みであるといえます。

その意味において、空間づくりに必要なのは万能の道具ではなく、むしろ、その一点ものに対して有効に機能する、小さく、しかし鋭く研ぎ澄まされた道具なのではないか。そしてAIは、そのような道具を「都度つくる」ことを、現実的なものにしはじめているように感じています。

ものづくりにおける治具をヒントに

ここで考えてみたいのが、「治具(じぐ)」という存在です。ものづくりの現場において、治具は極めて重要な役割を果たしています。たとえば木工であれば、材料を正確な角度で固定するための治具、同じ寸法で繰り返しカットするためのガイド、接着の際に歪みを防ぐためのクランプなどがあります。治具はあくまでも道具であり、最終製品ではありません。しかし、それがあるかないかで、精度も、スピードも、仕上がりも大きく変わります。

(タイルを貼るときに用いられる治具である、目地スペーサー。タイルごとの間隔が一定になるように挟み込み、貼り付けたあとは取り外される。)

重要なのは、治具が「その作業に対応した専用の道具」であるという点です。汎用性は低い。しかし、特定のタスクに対しては圧倒的に強い。AIによって可能になりつつあるのは、この治具的な考え方を、デジタル上に持ち込むことではないかと考えています。つまり、一点ものの空間づくりの中で発生する課題に対応した「小さな専用ツール」を、その都度つくっていくということです。これらは言うなれば、治具の考え方をデジタルにも適用するものです。それをここでは仮に「デジタル治具」と呼んでみたいと思います。

もちろん、これまでの空間づくりの中にも、「デジタル治具」的な存在がなかったわけではありません。たとえば、RhinocerosとGrasshopperを用いたモデリングとコーディングの往来によって、ある条件下におけるファサードエンジニアリングや、無数のパターン出しが可能になるような事例は、まさに「デジタル治具」的な考え方そのものだと思います。

一方で、AIとの対話を通じてシステムやアプリケーションを構築していくプロセスにおいて重要なのは、エンジニアリングに馴染みの薄い人間であっても、疑似的な形でデジタルな治具をつくれるようになりつつある、ということです。実際、自分自身もコードをふわっと認識している程度で、その中身を十全に理解できているわけではありません(しかし昔よりはコードやプログラミングの意味することや構造がつかめるようにもなってきたとも思います。下手な横好きから入って、徐々にモノを学ぶにはとてもいい時代だと感じます)。けれども、AIツールと応答していく中で、なんとなく自分が求めていた要件が徐々に定義されていく。インタラクティブなやりとりを通じて、つくりたかったイメージの輪郭が少しずつ固まっていく感覚があります。

そうした試行錯誤の結果、徒手空拳の状態ではなく、ある程度動くものをベースに、専門のエンジニアたちと話すことができるようになる。それによって、見ている方向性を共有することができる。そう考えると、AIによる「デジタル治具」は、非エンジニアとエンジニアをつなぐ、一種の翻訳ツールとしても機能し、そこでのコミュニケーションのコストを下げることができるのではないかと考えています。い

それではそのような「デジタル治具」というものは、具体的にどのようなものなのか。

小さく早く検証することと、フロントローディング

たとえば最近自分は、ある空間が位置する場所と、その場所の空模様に応じて、空間の照明が空模様のようにインタラクティブに変化する体験、というものを実験的に考えていました。(この実験は、われわれNOMLABの中にある、現象を研究するチームでの問い──自然現象のゆたかさを内部空間にもちこむことはいかに可能か?──に対応するプロトタイピングでもあります。)

従来であれば、そのような空模様と呼応するような空間の照明演出が可能かどうかを検証するためには、照明制御ソフト、3D CAD、レンダリング環境、あるいは実機接続といった「重たい環境」を一度きちんと立ち上げる必要がありました。そして当然ながら、一度その環境を立ち上げるためのハードルは高く、結果として試行錯誤できる回数がどうしても限られてしまいます。

しかし、AIを使った現在のプロトタイピングでは、それとは異なるアプローチが可能になりつつあります。たとえば、その空間に基づいた仮の平面図をざっくり置き、照明の位置を仮に配置し、空模様を数値モデルとして定義し、照度や色温度の変化をプログラムとして流し込む。こうした複数のパラメータ制御を、AIとの対話を通じてシステムやアプリケーションを構築することで、数十分から数時間単位で疑似的なシミュレーションとして立ち上げることが可能になっています。

(AIとの対話を通じて構築した、空模様照明制御システムのイメージ。)

そうした疑似的な環境を作成したうえで、たとえば、「曇天→小雨→夕立」という気象変化を、照明の揺らぎとして再現してみる。気象情報から風の強さを拾い、それに応じて光の周期や強度がどのように変化するのかを見てみる。実際の照明の色温度やRGB値などを疑似的に設定したときに、平面の中で色がどのように広がるのかを確認してみる。こうした検証を、実機なしで何度も繰り返すことができるようになります。

もちろん、ここでつくられているツールは、あくまでデジタル上でのシミュレーションにすぎません。実際のものづくりや空間づくりの現場に落とし込んでいくためには、ハードウェアの選定や施工、制御の実装、実際の空間との兼ね合いなど、依然として多くのテクニカルなスキルが必要になります。ただ、それでもなお、この段階で得られる価値は小さくありません。

ここで検証されるのは、その空間において目指される体験性を実現するためには、なにが必要で、それらをどのように組み合わせるべきか、といったあたりをつけることにあります。言い換えると、「つくれるかどうか」のハード的な検証や現場検証を行う前に、デジタル上でたくさんの失敗と試行錯誤を繰り返し、その実現可能性をある程度まで見通せるようになるということです。

空間づくりのプロセスにおいて、標準になりつつある考え方のひとつとして、フロントローディングというものがあります。プロジェクトの後半、すなわち施工や実装のフェーズに入ってから問題が顕在化すると、その修正には大きなコストがかかります。時間も、予算も、場合によっては空間のクオリティそのものも制約を受けてしまう。それに対して、可能な限り前段で検証を行い、課題や違和感を先に引き出しておく。後半に入ったときには、すでに大きな方向性は確定しており、残るのは実装と精度の調整だけにする。このように、時間の使い方そのものを再設計する考え方が、フロントローディングです。

ここまで述べてきた「デジタル治具」のようなアプローチは、まさにこのフロントローディングを強く推し進めるものなのではないでしょうか。デジタル上でシミュレーションを行い、何度も試行錯誤を繰り返すことで、本来であれば後半で発生していたはずの問題や違和感を、前段で引き受けることができる。その結果として、後半の工程ではリソースを「問題解決」に使うのではなく、「クオリティの向上」に集中させることができるようになる。この点において、AIを用いたプロトタイピングは、単に設計を速くするための手段ではなく、ものづくりのプロセスそのものを前倒しし、後半の工程をより創造的な調整やクオリティ向上に使うための方法になりうるのではないかと感じています。

たとえば、あなた専用のレンダリングソフトがあるとして――道具を使うから、道具を育てるへ

さて、このような固有の環境の中で機能する「デジタル治具」という発想をもう少し推し進めると、CADやレンダリングソフトといった空間づくりにおけるソフトウェアとの関係性も少し変わってくるのではないかと思っています。現在のCADやレンダリングソフトは、巨大な機能を内包したツールとして提供されていることが多いです。しかし実際には、そのツールの中で用意されている機能のすべてを使い切っているユーザーはほとんどいないのではないか。自分も空間づくりのなかでこれらのツールをヘビーユースしていますが、それでもすべての機能を使い切れているかと問われると、自信はありません。多くの場合、各ユーザーは、自分にとって必要な機能の一部だけを繰り返し使っていると思われます。

そのような現状を踏まえてみると、ユーザーにとって真に必要なものは、ある種の限られた機能であり、それらの機能をより特化させたものとして、各ユーザーに合わせて独自に進化していくツールというものがあるのではないか。そのような可能性を踏まえて、ここではレンダリングソフトを例に、空間づくりにおけるこれからのソフトウェアのあり方を考えてみたいと思います。

これまでレンダリングソフトは、それぞれのソフトがあらかじめ持っている特性によって選ばれてきました。精緻なイメージをつくることに長けたもの、フィルター機能が充実しているもの、光と陰影の表現に優れたもの、テクスチャーや素材感の描写が美しいもの、とにかく操作が手軽なものなど、ユーザーはそうした特性を理解しながら、それぞれのソフトウェアの優位性に合わせて選択したり、そのツールの中での与えられたパラメータを調整することで、自分の求める表現を作成してきました。

しかし、AIを用いたプロトタイピングが進むことで、この関係は少し変わっていくのではないでしょうか。つまり、レンダリングソフトを「与えられたパラメータの範囲内で使いこなすもの」としてではなく、自分の表現に合わせて対話的に育てていくものとして捉えることができるようになる。ここで考えている「レンダリングソフトを育てる」という発想は、画像生成AIによって最終的なビジュアルを出力することとは少し異なります。現状の画像生成AIは、既存の画像やテキストのデータセットから学習した視覚的特徴やパターンをもとに、プロンプトに応じて確率的にイメージを生成する技術です。つまり、それは「結果としてのイメージ」を呼び出すことに長けた技術だと言えます。一方で、ここで考えている「レンダリングソフトを育てる」という発想は、イメージそのものを呼び出すだけでなく、そのイメージが生成される条件やパラメータの組み立て方に関与していくものです。

たとえば、光の強さや色温度、影の硬さ、素材の反射率といった既存のパラメータを調整するだけでなく、「湿度感」「空気の重さ」「スケッチらしさ」「時間帯のにじみ」「人の滞在感」といった、これまでレンダリングソフトの中では明示的に扱われてこなかった感覚的なパラメータを組み込んでいく。そのように、複数のパラメータを自分なりに設定し、ときには新しいパラメータそのものをつくりながら、表現の土台を少しずつ拡張していく。

レンダリングソフトを育てるとは、単に出てきた画像を選ぶことではなく、自分が空間をどのような要素の組み合わせとして見ているのか、その見方自体をソフトウェアに反映させていくことなのではないかと思います。自分が好む光のにじみ方、影の硬さ、素材の粗さ、空気感、余白の残し方、あるいはスケッチのような曖昧さや線の揺らぎ。そうした自分の中にある表現の癖や感覚を、レンダリングソフトとの対話を通じて少しずつ反映させていく。

そのときレンダリングソフトは、単にきれいな絵を出力するための道具ではなく、自分だけの空間表現を一緒に探ってくれるような関係性として再定義されます。スケッチに使う筆やペンが、使い込まれるうちに描き手の手に馴染んでいき、ユーザーと道具の相互作用が進んだ先に独自な表現が生まれていくように、レンダリングソフトもまた、自分の思考や感覚に馴染んでいく。自らが求める表現を追い求め、それを一緒に探究していくためのパートナーとなっていくようなあり方です。そうすると、レンダリングソフトは「表現を出力するための道具」から、「自分だけの空間表現を開発するための環境」へと変わっていくのではないかと思います。与えられた道具を使うのではなく、自分とともに道具を育てていく。そうした発想が、これからの空間づくりにおけるAI活用のひとつの方向性になるのではないかと思います。

おわりに

ここまでの議論をまとめてみます。

空間づくりにおけるAI、そしてAIとの対話を通じてシステムやアプリケーションを構築し、デザインの試作や検証を行うようなプロトタイピングの本質は、単に開発速度を上げることに限らないのではないか。むしろそれは、これまで「わざわざつくるほどではなかった」もの──つまり、特定の空間やプロジェクトのためだけに機能するデジタルな治具を、小回りの利く形でつくり、検証と失敗を何度も繰り返せるようにすることにあるのではないか。そして、その小さな道具たちが、現実のものづくりにおける治具のように機能しはじめるとき、プロトタイピングの意味そのものが変わります。大きなソフトを使いながら、そのソフトだけでは補いきれない検討を、小さな「デジタル治具」によって支える。完成品をいきなり目指すのではなく、検討のための環境を高速に組み替える。さらには空間づくりにおいて汎用的に用いられるソフトウェアへ、上記の視点を組み込んでみると、単に道具を使うにとどまらず道具を育てていくようなあり方が生まれてくるのではないでしょうか。

空間づくりにおけるAIの議論は、画像生成による高精細なイメージづくりや、プレゼン資料の即時生成など、どちらかといえば成果物であったり、デザイナーが不要になるといった職能の話題に偏りがちです。しかし、その可能性をもう少し掘り下げてみると、AIは結果だけでなく、プロセスそのものを強化するための技術でもあるのではないか。あるいは、自らのクリエイティビティをより強固にしていく存在にもなりうるのではないか。そうした先に、プロセスの変化を通じて、最終的に生まれる空間それ自体のクオリティにも寄与していく可能性があるように思います。そのように捉えると、AIは空間づくりに対して、より広く、より柔軟なアプローチを提供する道具になっていく。そんな未来が、少しずつ見えてきた昨今なのでした。

大栁友飛

デザイナー

「空間とはなにか?」という根源的な問いのもと、デザインを通じた空間の探求と可能性の拡張がミッションです。空間のデザインはもちろん、マテリアルの開発やシステムの構築、ときには研究をして論文や書籍の制作を行うなど、多岐にわたって活動中。

TOPページ

Contact

お問い合わせ

お問い合わせ/お見積もり依頼/資料請求は下記よりお気軽にご連絡ください。
※乃村工藝社コーポレートサイト「その他のお問い合わせ」に遷移します
※「未来創造研究所」のお問い合わせとご記載ください